おもひでははかなき四歳の春にきて、つづるはあわれ今のこの歌
ふとしたるものに心の狂ひてや われもうもくとなりし初春
盲目のこのこ悲しと、ひたすらの母に抱かれ来たる眼病院
もうもくのこの子まもりて、ひねもすをひたすら母のありがたきこころ
盲目の吾れ朝餉に向ふとき母の心のまことうれしき
妹のよね子ひたすら盲目の吾れに呼びけり春の飴賣
妹よ、はかなき兄にならべたる、あまたの玩具今もわすれじ
しみじみと春のまひるの温き光りに浴すこの身はかなし
いく日を盲目とすごすかのうちはわが感覚の柱を知れり
麗らかな春のまひるに散るさくら、盲目のわれ悲しかりけり
伯父はただ吾れををこして祭禮の夜更の街路にいでませしなり
伯父の春にひたすらわれは涙して、あたりの音をききにけるかな
澤市にあらねど今宵祭禮のだしの囃子にまなこひらけり
はなやかな提灯のあまた灯をともし家の前をばすぎさる山車あり
ひたすらに母はよろこびおのが子のまなこみやりて言葉だされず
ふとしたる事よりしばし盲目となりてすごせし四歳の春
ありがたき四歳のはるの盲目はしばしがうちの休みなりしか
あのときはわが衰へか盲目のいまだつづけばなんとすべけむ
この歌はすべてはかなき思ひ出かいまもわすれぢ親のひざもと